美濃窯は瀬戸黒・黄瀬戸・志野・織部といったいわゆる美濃桃山陶を生産していたことで知られています。しかし、美濃窯内における窯場ごとの生産内容をみていくと、流行の茶陶を主体に生産する窯、それ以外の碗や皿など日常食器を主体に生産する窯など、生産内容に違いがみられます。
日常食器を主体に生産する代表的な窯場として土岐市に所在する定林寺古窯跡群が挙げられます。定林寺古窯跡群では、16世紀後半の定林寺東洞1号窯から生産が開始され、天目茶碗や皿などを焼成していました。16世紀末~17世紀初頭になると定林寺西洞1号窯や園戸窯で瀬戸黒茶碗や志野向付といった桃山茶陶を造るようになります。しかし、17世紀前期の定林寺西洞2号窯などでは、茶陶類はほとんど生産されなくなり、碗類や皿類などの日常食器を主体に量産するようになります。この定林寺古窯跡群における日常食器への転換がなされた時期は、元屋敷窯を中心とした他の窯場では織部製品を主体とした茶陶を量産していることから、窯場による生産内容に大きな違いがみられます。
このような各窯場における生産様相の違いは、お互いに同様な製品を作る競合を避けたためや、また、生産器種を限定することにより、生産効率の向上という効果もあったと考えられます。
本展では、定林寺古窯跡群における各窯の生産内容の変遷を展観し、美濃窯の生産様相の一側面を紹介します。